映像制作
2025/09/28
その他映像とは
映像は意図を伝えるためのコミュニケーション手段の一つであり、新しい言語である。文章が単語という記号をつないで作られるのと同じように、映像はショットという記号をつないで物語を表現する。
しっかりと意図が伝わる適切な文章を書くのに文法があるように、映像制作においても守るべき規則がある。文法がめちゃくちゃな文章、長すぎる文章、余計な情報を含む文章が理解しづらいのと同様に、つながりが不自然な映像、無駄に長い映像、余計な情報を含む映像はその意図が理解しづらく、退屈なものになってしまう。
映像制作
映像制作の本質は、記号としてのショットを掘り出すことと、掘り出したショットを前後の文脈に沿ってつなぐことにある。
すべてのショットが同一の物語を語るように設計されていて、ショット同士は不自然に飛んだり、引っかかったりしないようにつながっている必要がある。ショットが飛んでいれば時間が経過したという印象になり、ショットの前後でリズムが変化していれば場面が転換したという印象になるかもしれない。
物語を適切に描いている映像は、特定の絵が強く印象に残るのではなく、全体を通して良いものという印象だけが残る。
映像制作の原則
明快さが最優先
映像に関するすべての意思決定は明快さを判断基準にするべきだ。映像の至上命題は物語を伝えることにある。意図がわかりづらく、退屈な映像では視聴者は離脱してしまう。
何も知らない視聴者が求める情報すべてを理解できる形で提供すれば、明快な映像になる。
とにかく短く
映像はほぼ例外なく短い方が良い。長さの制約がないなら映像全体はなるべく短くすべきだ。
また、個々のショットについても短いほうが良い。長いショットを一つ使うより、短いショットを複数つなげた方が、同じ長さでもより多くの情報を伝えられる。たいていの場合は1ショットは5秒以内で十分である。
映像力学の基本
視聴者は映像から受ける印象に支配されながら、現実の時間の中で映像を鑑賞することになる。そのため、視聴者がその映像からどのような印象を受けるのかをしっかり考慮して、意図せず視聴者の予想や期待を裏切り、驚かせないようにする。(裏切りや驚きは物語で与えるべきであり、映像で与えるべきではない。映像で物語をうまく表現した結果として、意図的に裏切りや驚きを与えるのはよい。)
被写体のサイズとサイズの変化が与える印象
被写体のサイズによって視聴者が受ける印象は変わる。小さいものは弱い、些末、脇役といった印象を与え、大きいものは強い、重要、主役といった印象を与える。小さいものが大きくなれば、強調、接近、よく見るといった印象を与え、逆に大きいものが小さくなれば、客観化、遠のく、逃げるといった印象を与える。まとめると次のようになる。
アングルが与える印象
被写体のアングルによって視聴者が受ける印象は変わる。被写体が小さく見える俯瞰では弱い印象や客観的、解説的な印象を与え、被写体が大きく見える煽りでは強い印象や怖い印象を与える。まとめると次のようになる。
被写体の位置と動きが与える印象
被写体の位置によって視聴者が受ける印象は変わる。縦方向については、当然だが上は高い(あるいは遠い)、下は低い(あるいは近い)という感覚があり、転じて上に描かれているものは強い、大きい、下に描かれているものは、弱い、小さいといった印象を与える。左右にも上手と下手があり、それぞれ上下と同様の印象を与える。左(下手)から右(上手)に被写体が移動すれば、上昇志向を表現でき、右(上手)から左(下手)に、自然に流れ下るものや大きいものがおりてくることを表現できる。まとめると次のようになる。
明るさが与える印象
明るさによって視聴者が受ける印象は変わる。明るい画は楽しい、安心、幸せといった印象を与え、暗い画は怖い、不安、不幸といった印象を与える。まとめると次のようになる。
色が与える印象
色によって視聴者が受ける印象は変わる。赤は熱い、エネルギーが大きい、怒りといった印象を与え、青は冷たい、安定、冷静といった印象を与える。ただし、色について地域や文化的な影響が大きく、意図しない印象を与えてしまうこともある。まとめると次のようになる。
方向の意味を理解する
視聴者は無意識に被写体の方向性に意味をつけてしまう。例えば、前のショットで左に向かって進んでいた被写体が、次のショットでは右に向かって進んでいると、いったいどこに向かっているのかわからなくなってしまう。また、前のショットで左を向いていた被写体が、次のショットでは右を向いていると同一人物かわからなくなってしまうかもしれない。会話シーンなどではお互いに反対の方向を向かうようにショットをつなぐことで、対立関係を表現できる。
目線の向きは特に重要である。視聴者は目線の先には必ず何かがあると理解するので、前のショットで左に目線を向けていた被写体が、次のショットでは右に目線を向けているなら、その次のショットで目線が動いた理由を示す必要がある。
リズムが与える印象
映像のリズムによって視聴者が受ける印象は変わる。テンポが速いリズムは緊張、エネルギーが大きいといった印象を与え、テンポが遅いリズムは安らぎ、自然といった印象を与える。まとめると次のようになる。
物理的に正しいものが映像的に正しいわけではない
映像制作においては、物理的に正しいかではなく、物語映像として正しいかを考えるべきだ。リアルな描写かどうかは物語を表現するうえで重要ではない。
例えば、水平目線の被写体を煽りで撮影すると、見上げている印象が強くなってしまう。物語を語る上で、物理的にはこれで正しかったとしても、映像的には自然ではないということになる。
代表的なカメラワーク
代表的なカメラワークには次のようなものがある。
映像制作のプラクティス
一つのショットには一つのアクション
ショットは「犬が家の前を歩いていく」のように被写体+アクションの一つの文章で表現できる。「犬」のように名詞だけの場合、そのショットは何も意図を伝えていないし、「犬が小屋に向かって歩いていき、小屋に入って、中からこちらを見ている」のように接続詞を含む場合、そのショットは複数の意図を伝えてしまっているので見直す必要がある。また「犬が小屋に向かって歩いていき、後ろで猫が毛糸で遊んでいる」のように複数のアクションが重なっている場合、視聴者はどこを見れば良いかわからず意図が伝わらないのでショットを分ける必要がある。
上は「犬」のショット。アクションがなく意図が読み取れない。
上は「犬が小屋に向かって歩いていき、小屋に入る」のショット。一つのショットに複数のアクションがあり、伝わる意図がブレやすい。
上は「犬が小屋に向かって歩いていき、後ろで猫が毛糸で遊んでいる」のショット。犬の動きと猫の動きが重なって意図が伝わりにくくなる。
上は、「犬が歩いている」のショット、「犬が小屋に入る」のショット、「犬が目線を動かす」のショット、「猫が毛糸で遊んでいる」のショットをつないだもの。複数のショットに分けることで各ショットの意図が明確でわかりやすくなる。
すべての画が一つの物語を語る
良くできた映像は、どんなに短い画でもそのすべてが一つの物語を語っている。何も意図を伝えていない退屈なショットが連なると退屈なシーン(同じ時間と場所で起こった映像)になり、退屈なシーンが連なると退屈なシーケンス(物語を区切る大きな単位)になる。退屈なシーケンスが一つでもあると物語は台無しになる。
映像がわかりにくい、退屈だと感じたら、物語の流れが途絶えていると考えて良い。そんなときは、すべての画が一つの物語を語っているか確認し、それらをシームレスにつなぐ感覚で修正する。
上は「朝忙しそうに出かける様子」を描写したシーン。「立ったまま朝食を食べる」、「全部食べているところを描写しない」、「猫が寂しそうにしている」ことで忙しい様子を表現している。
意図がないなら動かさない
被写体もそうだが、カメラも意図なくむやみに動かしてはいけない。カメラを無作為に動かすと目的の場所を早々に通り過ぎ、意図の伝わらない退屈な映像になってしまう。
上は「魔法を練習中の様子」を描写したパンショット。カメラが動いて焦点が定まらず、意図が伝わりにくくなる。
上は「魔法を練習中の様子」を描写したフィックスショット。視聴者は被写体の動きに集中でき、意図が伝わりやすくなる。
カメラを動かす理由には次のようなものがある。
エスタブリッシングショットを使う
エスタブリッシングショットとはシーン冒頭に使用される場所、時間、季節を視聴者に伝えるためのワイドショットのことである。エスタブリッシングショットによって、シーン同士のつながりがわかりやすくなり、視聴者は物語についての理解を深めることができる。
上は「学校でたそがれる様子」を描写したシーン。エスタブリッシングショット(学校の俯瞰の画)を挟むことで視聴者はそのシーンの場所や時間が容易に理解でき、意図が伝わりやすくなる。
イマジナリーラインを意識する
イマジナリーラインとは、被写体同士の位置関係や動きの方向を混乱しないようにするための仮想的な線のことで、この線を超えて撮影されたショットをつなぐと、被写体の位置関係や方向性が統一されずに視聴者に混乱させてしまう。
イマジナリーラインを超える場合は、ラインを超える途中のアングルのショットを入れる、ラインを超える前に全く別のショット(インサートショット)を挟むなどの視聴者を混乱させないようにするための工夫が必要である。
上は「二人の人物が緊迫した雰囲気の中で向かい合っている様子」をイマジナリーラインを超えて描写したシーン。視聴者は最後のショットで急に被写体の方向が変わったことに混乱してしまい、意図が伝わりにくくなる。
上は「二人の人物が緊迫した雰囲気の中で向かい合っている様子」をインサートショットを挟んでイマジナリーラインを超えて描写したシーン。インサートショットを挟むことで違和感が緩和される。
被写体の目の動きや表情がわかるくらい近づく
被写体の目や表情は多くの情報を伝えてくれる。遠くから広範囲を撮影した映像では、その瞬間の被写体の感情や雰囲気が伝わらず、視聴者が臨場感を抱いて感情が動かされるようなこともない。
上は「心地よい日差しの中で犬を連れて散歩している様子」を俯瞰で描写したシーン。俯瞰では視聴者は被写体の感情を読み取りづらく、意図が伝わりにくくなる。
上は「心地よい日差しの中で犬を連れて散歩している様子」を寄りで描写したシーン。視聴者は被写体の感情を読み取ることができ、意図が伝わりやすくなる。
方向を合わせて連続性を演出する
視聴者は無意識に被写体が示す方向から意図を読み取る。被写体の示す方向が意味なく逆転すると、視聴者は混乱してしまう。
上は「車での移動」の進行方向を途中で逆転させたシーン。視聴者は急に進行方向が変わって混乱し、意図が伝わりにくくなる。
上は「車での移動」の進行方向を守るシーン。視聴者は方向が途中で変化しないので混乱せず、意図が伝わりにやすくなる。
疑わしきは削除する
視聴者の時間は有限である。そのショットが物語について何も語っていないなら削除すべきだ。もしそのショットが良いもののように思えても、最高でないなら削除した方が良いかもしれない。もしかしたら、ストーリーライン自体が物語を語るうえで不要かもしれない。
常に以下の点を自問自答するようにすると良い。
現代の視聴者は「ジャンプカット」に慣れていて、中間は視聴者の脳内ですべて補ってくれる。ただし、つなぎ方を間違えれば、「ジャンプカット」が目についてしまうこともあるので、その場合はつなぎ方を修正するようにする。
上は「行列が進む様子」を描写したシーン。ジャンプカットで余分な待ち時間を消しても、視聴者には意図が伝わりやすくなる。
「自分が制作した映像を繰り返し見せられる」地獄を用意してみよう。映像を観るたびにどんどん好きになるだろうか。それとも、観るたびに何かが気に入らなくなるだろうか。観るたびに気に入らなくなるのなら削除したほうが良い。
30度ルール
カメラアングルの差が30度未満のショットをつなぐと、視聴者に「ジャンプカット」と捉えられて時間が飛んだと解釈される可能性がある。
上は「砂浜を鳥が歩く様子」を30度未満のアングル切り替えを入れて描写したシーン。ジャンプカットのように見え、視聴者には時間が飛んだように感じやすくなる。
上は「砂浜を鳥が歩く様子」を30度以上のアングル切り替えを入れて描写したシーン。見え方が大きく変わるので、ジャンプカットのようには見えない。
リズムをつける
被写体の動きだけでなく、ショットの切り替わりも動きの一部になる。また、被写体の動きよりもショットの切り替わりの方が視覚的な変化が大きくなるので、映像のリズムを支配する比重も大きくなる。アニメでよくある動かない画面だけで構成された会話シーンも、ショットの切り替わりによってリズムをつけることで、視聴者を飽きさせないようにできる。
上は「カードが変わっていく様子」をアップテンポで描写したシーン。
上は「カードが変わっていく様子」をダウンテンポで描写したシーン。アップテンポとダウンテンポでは視聴者が受け取る印象が異なるので、演出したい雰囲気に合わせて緩急をつけたリズムをつけると良い。
音をつける
音は映像の一部であり、音が物語のリズムやシーンの雰囲気にあっていれば映像をより一層輝かせ、そうでなければ映像を台無しにする。
アニメのシンボライズされたキャラクターに声を付けるときは、発声をクリアにしないと、声が画面の後ろの方から出ているように聞こえて、キャラクターが話しているように見えなくなってしまう。
映像制作は完成しない
映像制作に完成はなく、いつまでも編集し、調整し、磨きをかけることができる。締め切りがあるなら、最後の瞬間まで頑張ったら納品すればよい。締め切りがないなら、一つの映像制作にこだわって時間を無駄にするのではなく、次の映像制作から新しいことを学んだ方が良い。