圏論

2022/06/21

数学

圏論とは

圏論は数学的構造を抽象的に扱う数学の一分野。本記事では、「対称性」から出発し、「群」→「モノイド」→「圏」と段階的に抽象化することで難解な数式は用いずに圏論の基本に迫る道筋を示す。

対称性から群へ

自然界に見られる雪の結晶は60°ずつ回転させても同じ形に見える回転対称性を持つ。この雪の結晶に対して可能な回転操作(0°、60°、120°、180°、240°、300°)は全部で6種類存在する。これらの操作同士は続けて行う(合成する)ことができ、結果もやはり6種類のいずれかの操作に収まる。たとえば60°回転させてからさらに60°回転させる操作は、まとめて120°回転させる操作と等価である。逆に、結晶を120°回転させる操作は「60°回転を2回行う操作」と考えることもできる。

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このような操作全体の集まりは、群と呼ばれる構造の典型例である。群を一言で表現すると、「ある操作を自由に合成でき、元に戻すこともできるような構造」のことである。雪の結晶の例で言えば、0°回転は「何もしない」操作(単位元)であり、どんな操作と合成しても影響を与えない。また、60°の回転に対して、元に戻すための操作(300°の回転:逆元)が存在する。さらに、操作の合成は常に結晶の対称な状態に収まる(閉じている)し、複数の操作を合成する順序を変えても結果が変わらない(結合律が成り立つ)。まとめると、群は次の条件を満たす。

  • 結合律:操作の合成順序を変えても結果は同じになる。
  • 単位元の存在:何もしないことに相当する操作が存在する。
  • 逆元の存在:各操作に対し、それを打ち消す逆向きの操作が存在する。
  • 何らかの操作に対して、これらの条件を満たす構造を群と呼ぶ。

    群からモノイドへ

    雪が降り、その雪を雨量計で溶かして降水量として観測する過程にはモノイドの構造が現れる。モノイドは群をより一般化して、結合律と単位元の存在を要求するが逆元の存在は要求しないものである。つまりモノイドは次の条件を満たす。

  • 結合律:操作の合成順序を変えても結果は同じになる。
  • 単位元の存在:何もしないことに相当する操作が存在する。
  • 降水量の例で言えば、雪が降らなければ「何もしない」操作(単位元)であり、どんな操作と合成しても影響を与えない。雪が降り降水量が1mm増えた場合、元に戻すための操作(逆元)は存在しない。さらに、操作の合成は常に降水量として観測可能な状態に収まる(閉じている)し、複数の操作を合成する順序を変えても結果が変わらない(結合律が成り立つ)。

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    モノイドから圏へ

    圏はモノイドをさらに一般化したもの。群やモノイドでは対象は一つに限られていたが、圏では対象が複数存在しうる。そして、ある対象XXから別の対象YYへの射ffと、対象YYからさらに別の対象ZZへの射ggが存在するとき、射ffと射ggは合成可能で合成射はgfg\circ fと表現される。この射の合成が、群やモノイドでいうところの操作の合成に相当する。圏は次の条件を満たす。

  • 結合律:射の合成順序を変えても結果は同じになる。
  • 恒等射の存在:各対象に恒等射(何もしないことに相当する射)が存在する。
  • 水の相転移を例にとり、対象として「氷」、「水」、「水蒸気」を、射として「融解:氷 → 水」、「凝固:水 → 氷」、「蒸発:水 → 水蒸気」、「凝縮:水蒸気 → 水」、「何もしない:氷 → 氷」、「何もしない:水 → 水」、「何もしない:水蒸気 → 水蒸気」を持つ圏を考える。このとき、(蒸発:水 → 水蒸気)∘(何もしない:水 → 水)\circ(融解:氷 → 水)のように連続して相転移させる操作(合成)が可能で、複数の操作を合成する順序を変えても結果が変わらない(結合律が成り立つ)。

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    もう一つの一般化への道

    一般の圏では、全ての射に逆元の存在を要求しないが、水の相転移を例では「融解:氷 → 水」に対して「凝固:水 → 氷」、「蒸発:水 → 水蒸気」に対して「凝縮:水蒸気 → 水」というように逆元が存在する。このように全ての射が可逆射である圏をgroupoidと呼ぶ(groupoidは亜群と訳されることもあるが、同様に亜群と訳されることのあるsubgroupと混同するのでこの記事ではgroupoidと表記する)。したがって、groupoidは次の条件を満たす。

  • 結合律:射の合成順序を変えても結果は同じになる。
  • 恒等射の存在:各対象に恒等射(何もしないことに相当する射)が存在する。
  • 可逆射の存在:任意の射にそれを打ち消す逆向きの射が存在する。
  • 本記事では、「群」→「モノイド」→「圏」という道を辿ったが、「群」→「groupoid」→「圏」という道で一般化することもできる。以上をまとめると圏、groupoid、モノイド、群の関係性は以下のようになる。

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    ゆうき

    2018/04からITエンジニアとして活動、2021/11から独立。主な使用言語はPython, TypeScript, SAS, etc.